Column 1 高円寺の歴史
2009/11/01
五丁目の盆踊り
高円寺では「阿波踊り」と時を同じくして、あちらこちらで町内会や商店会などのお祭りが開催されます(2005年現在)。高円寺の町の由来でもあるお寺「宿鳳山高円寺」のお膝元で行われる「盆踊り」もその一つです。不思議なことにこの宿鳳山高円寺があるのは4丁目なのですが、そこでのお祭りを「五丁目の盆踊り」と呼ぶ人は少なくありません。一体どういうことなのでしょうか。
答えは昭和30年の地図にありました。
地図をご覧いただくとわかるかと思いますが、高円寺が現在のような「高円寺南1 - 5丁目」「北1 - 4丁目」になったのは、昭和40年に行われた「新住居表示」の時です。それ以前の高円寺(現在の高円寺区域)には高円寺1 - 7丁目と馬橋2 - 4丁目がありました。新住居表示により、高円寺4 - 5丁目の全部と高円寺1 - 3丁目の青梅街道以北・馬橋2 - 3丁目の東半・高円寺七丁目と馬橋4丁目の各ごく一部をあわせた町域を現行の「高円寺南」とし。高円寺6丁目と7丁目、そして馬橋4丁目をあわせた地域を現行の「高円寺北」と定めたのです。
なぜ、新住居表示時に4丁目と5丁目とが逆さまに表記されたのかまではわかりませんでしたが、新住居表示以前から高円寺に住んでいる世代の人にとって、現在の南4丁目が5丁目だったということはわかりました。「五丁目の盆踊り」という呼び方の中にも、高円寺の歴史が刻まれていたのですね。
※「五丁目の盆踊り」は4丁目で行われますのでお間違えありませんように!